音楽 POP/ROCK

『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角 オリジナル・サウンドトラック』

2014.12.25
『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角
オリジナル・サウンドトラック』
1986年作品


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 1980年代の米国に第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンをもたらした要因としてよく挙げられているのは、ご存知、1981年に開局したMTV。米国勢とはひと味異なる、ヴィジュアル・コンシャスな英国のニュー・ウェイヴ・アーティストたちが、MTV経由で幅広くその魅力をアピールできたからーーと。これにもうひとつ付け加えたい要因がある。惜しくも2009年に急死した、映画監督・脚本家・プロデューサーのジョン・ヒューズが手掛けたタイムレスな傑作青春映画と、英国の音楽を愛した彼がそこにちりばめた素晴らしい音楽の数々を。

 例えば、初監督作『すてきな片想い』(1984年)のトンプソン・ツインズ(「If You Were Here」)、『ブレックファスト・クラブ』(1985年)のシンプル・マインズ(「Don't You(Forget About Me)」)、『ときめきサイエンス』(1985年)のキリング・ジョーク(「Eighties」)、『フェリスはある朝突然に』(1986年)のジグ・ジグ・スパトニック(「Love Missile F1-11」)......。ジョンはマニアックな音楽ファンだったから他のジャンルも網羅してはいたが、ざっと振り返っただけでも、ジョン・ヒューズ=UKニュー・ウェイヴと言えるくらい、イキのいい英国人アーティストの曲を大々的にフィーチャー。物語とのシンクロぶりは絶妙で、音楽無しにはどの作品も成立しなかったし、TVドラマ『グリー』の原型を提示していたようなもの。そんな中でも音楽に関して秀逸だったのはやはり、映画そのものをインスパイアした、サイケデリック・ファーズの1981年のシングル曲からタイトルをとった『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角(Pretty In Pink)』だろう。ジョンの脚本・プロデュースによる1986年公開の作品だ。ここで用いた多数の曲から10曲を厳選したサントラには、そのファーズのほかにOMD、エコー&ザ・バニーメン、ニュー・オーダー、ザ・スミスと、この頃のUKロックの粋をラインナップ(ニック・カーショウの「Wouldn't It Be Good」がオリジナルではなくカバーなのが残念だが......)。かつ、映画のムードと登場人物のキャラを鮮やかに描写し、ビタースウィートで複雑な後味を思い出させてやまず、その後『トレインスポッティング』や『パルプ・フィクション』といった映画に受け継がれる、コンピレーション型サントラのパイオニアと位置付けるべき1枚だ。

 まずは映画の筋を簡単に説明せねばなるまい。ジョンはしばしば、秀才、スポーツマン、お姫さま/王子さま、不良、アウトサイダーなどなど、ハイスクールという小さな社会を構成する様々な「族」と、同じ悩みを抱える彼らの関わり合いに目を向けたが、『プリティ・イン・ピンク』も然り。失業中の父と暮らすワーキングクラスの女の子アンディ(モリー・リングウォルド/当時のジョンのミューズだった彼女も大の音楽好きで、ジョンとサントラの選曲に関わったとか)と、お金持ちの男の子ブレイン(アンドリュー・マッカーシー)の格差カップルを核に、アンディの親友で彼女に密かに恋い焦がれるダッキー(ジョン・クライヤー)を絡めた恋物語だ。

 その中で、アウトサイダーであるアンディ&ダッキーと、裕福なブレイン&その友人たちを随所で対比させているのだが、アウトサイダーたちが聴くのはやっぱり非主流の音楽。ふたりは、アンディのバイト先のレコード屋TRAXを避難所とし、壁にザ・スミスのポスターが貼られているくらいだから、当然ここでもニュー・ウェイヴがかかっている。片やブレインはTRAXでイケてないコンサバなアルバムを購入し、音楽嗜好を差別化。もちろんファッションも、プレッピーな彼らに対し、アンディたちはあくまで個性的だ。

 よって本作は、アンディ&ダッキーが作ったミックステープのような趣に仕上がっている。映画での登場順に関係なくアルバムとしての流れを重視して構成されており、映画ではクライマックスのプロムのシーンを彩る、OMDの「If You Leave」からスタート。ふたりの男性を前に究極の選択を迫られるアンディに対し、ブレインとダッキー双方の心を代弁するチャーミングな曲で、シングルカットされた6曲の中でも全米4位という最高のチャート・ポジションを記録し、どっちを選んでもハッピーエンドとは言い切れない、映画のホロ苦さを体現する曲でもある。(ちなみに、コンセプチュアルで硬派な作品で知られたOMDにとってこのラヴソングは変化球で、満を持しての米国でのブレイクをもたらすも、英国ではトップ40にも入らなかった......)

 続く「Left of Center」もスザンヌ・ヴェガが本作のために綴ったという。こちらはアンディのモノローグといったところか。群れから離れた(left of center)ちょっと変わった女の子で、ブレインとは違う世界で暮らす自分のアイデンティティを明確にしている。そしてこれと並ぶ彼女のテーマソングといえば、ジェシ・ジョンソン(プリンスの盟友ザ・タイムに在籍)の「Get To Know You」と、INXSの「Do Wot You Do」というファンキーな2曲を挿んで登場する、主題歌の「Pretty In Pink」。オープニングの登校のシーンに流れるこの曲は、赤毛と相性がいいピンク主体のファッションを好むアンディへのトリビュートであり、ムーディーなサウンドが一筋縄ではいかない彼女のキャラをすくい取る。

 一方、ダッキーの心中を表す曲も映画にはたくさん使われ、本作にはそのほんの一部として2曲を収録。ブレインとアンディの交際を知った彼のショックをストレートに表したニュー・オーダーの「Shellshock」と、ラストを締めるザ・スミスの「Please, Please, Please, Let Me Get What I Want」ーー片恋慕をこじらせて独り悶々としながら聴く、究極の「満たされぬ想い」ソングだ。後者は思えば、ザ・スミスのアルバム『Hatful of Hollow』(1984年)の最終トラックでもあったが、ダッキーが発信する一方通行の愛情が、受け止める者がいないまま散ってゆく......そんなたまらない終末感を醸していて、エンディングに置くよりほかない。そういう意味でサントラは、ダッキーの新しい恋の始まりを薄ら仄めかして終わる映画よりもずっとずっと切なく、手が届かないものをどこまでも追い続けてしまう10代のロマンチシズムを凝縮しているのかも。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』
『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角 オリジナル・サウンドトラック』収録曲
01. If You Leave/02. Left of Center/03. Get To Know Ya/04. Do Wot You Do/05. Pretty In Pink/06. Shellshock/07. Round, Round/08. Wouldn't It Be Good/09. Bring On The Dancing Horses/10. Please Please Please Let Me Get What I Want

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