エンニオ・モリコーネの世界
2011.05.25
〜マカロニ・ウエスタンのサウンドトラックを中心に〜
聴けば聴く程、偉大さを思い知らされる。この原稿を書くにあたって改めて数々のサウンドトラックを聴いたり、映画を見直してみたのだが、ますます彼の音楽を探究したいという思いに駆られてしまった。
エンニオ・モリコーネ、1928年11月10日ローマ生まれ。父親はトランペット奏者で、幼い頃から音楽に親しんだ彼は、やがて音楽学校へと進学。トランペットと作曲を学び、作曲家としての成功を夢見ていたが、最初に評価されたのはアレンジャーとしての才能であった。50年代末から60年代半ばの期間に、500曲以上ものラジオやテレビの音楽、カンツォーネの編曲を手掛けたという。しかし、64年に公開されたセルジオ・レオーネ監督によるマカロニ・ウエスタン『荒野の用心棒』の仕事が舞い込んだことで、いよいよ作曲家として花開くこととなる。
この『荒野の用心棒』のサウンドトラックを聴くだけでも、彼の非凡な才能は明らかだ。例えば「さすらいの口笛」。40年以上前の曲だが、今尚これは強烈なインパクトを放っている。鞭、鐘の音、鉄をハンマーで叩くような響き、これらが融合したビートの上を口笛が哀愁の旋律を奏でながらさすらう。ハリウッド製ウエスタンはオーケストラを主体とした音楽が大半であったが、モリコーネの作り上げたサウンドは従来のいかなるスタイルにも属さないものだった。そもそも終始鳴っているのは「鞭」「鐘」「ハンマー」だ。わざわざ指摘するのも何なのだが、「鞭」も「鐘」も「ハンマー」も断じて楽器ではない。しかし、これらが叩き付けられる毎に匂い立つのは、むせ返るような「暴力」「死臭」「血反吐」。楽器では到底為し得ない表現力を放っている。クリント・イーストウッドが演じる流れ者の拳銃が非情の火を吹きまくる『荒野の用心棒』の曲にとって、これ以上に身に纏うにふさわしい音色、アレンジはあり得ないだろう。映像に完璧に溶け込み、殺戮のオペラにさらなる鮮血を塗りたくった本作での仕事を切っ掛けに、モリコーネの名は一気に世界的なものとなったのであった。
以降、彼が手掛けた映画音楽は数知れない。マカロニ・ウエスタンのみならず、サスペンス、ラブ・ストーリー、スパイ・アクション、ホラー、その他様々なジャンルに亘る。とにかく、あらゆる作品で言えることなのだが、彼の書く音楽は映像、風景、登場人物の感情、作品の主題など、映画に宿っている全ての生命を躍動させて止まない。モリコーネの音楽は、それ自体が役者であり、語り部であり、映像であると言っても決して過言ではないのだ。その結果、彼の音楽は物語の深奥にまで我々観客を導くのみならず、劇場を出た後も映画の場面を鮮烈に追体験させてくれる。
僕自身も大切にしているモリコーネの音楽と映像の蜜月は数知れない。例えば曲の一節をふと思い出す度に何とも言えない愛しさが増しているのは『ウエスタン』のテーマだ。映画の序盤、汽車で田舎町に到着し、嫁ぎ先の農場へと向かうために駅舎を出たヒロイン。彼女を追うカメラは突如上昇し、町を俯瞰で捉える。画面に映し出されるのは人々と馬車が行き交う土埃まみれの営み、そして広がる真っ青な西部の空。「薄暗い室内からエネルギー溢れる外界へ」ーーその変化と100%シンクロしながらクレッシェンドで響き亘る「ウエスタンのテーマ」は、ただただ果てしなく美しい。ソプラノ、エッダのスキャットはヒロインの優しさや逞しさを瑞々しく伝えると共に、日々を懸命に暮らす名もなき人々に対しては渾身の讃歌を捧げ、猥雑なエネルギーが躍動する西部への憧れも眩いばかりに迸らせる。ここに音楽と映像が実現し得る幸福の極みが息づいているのを感じるのだ。その他『続・夕陽のガンマン』ならば、20万ドルの金貨を探しながら荒涼とした墓地を駆け巡る卑劣漢トゥーコの姿が思い浮かぶ。彼の汗まみれの視界を震わせる「黄金のエクスタシー」は、欲望の猛りを神々しく照らし出す。また『ミスター・ノーボディ』にて、群盗ワイルドバンチを1人で迎え撃つジャック・ボレガード。「BUONA FORTUNA JACK」「MUCCHIO SELVAGGIO」「CON I MIGLIORI AUGURI」が流れる中、彼の銃弾が歴史を作り、2挺のライフルを荒野に残して伝説となるまでが描かれるシーンは、息を呑んで見つめる他ない壮大な叙事詩だ。などなど、どれも僕の中で永遠の煌めきを放っている。おそらく世界中の人々が僕同様、モリコーネの音楽と共に各々の宝物の物語を噛み締め続けているのだろう。これはとてもとても素敵なことだと思う。
華麗で、優美で、繊細で、でも悪戯心が満載で、毒気もたっぷりで、時には手がつけられない程にエロチック。魂の透明な高鳴りから桃色の気紛れまで、無限の感情が豊かに色めくモリコーネの音楽は、紛れもなく20世紀の誇りであり、その輝きは21世紀の今も鮮やかさを強めるばかりだ。そして、未来永劫に愛されていくことであろう。
【関連サイト】
Ennio Morricone Official Website
A Fistful of Soundtracks
Myspace
聴けば聴く程、偉大さを思い知らされる。この原稿を書くにあたって改めて数々のサウンドトラックを聴いたり、映画を見直してみたのだが、ますます彼の音楽を探究したいという思いに駆られてしまった。
エンニオ・モリコーネ、1928年11月10日ローマ生まれ。父親はトランペット奏者で、幼い頃から音楽に親しんだ彼は、やがて音楽学校へと進学。トランペットと作曲を学び、作曲家としての成功を夢見ていたが、最初に評価されたのはアレンジャーとしての才能であった。50年代末から60年代半ばの期間に、500曲以上ものラジオやテレビの音楽、カンツォーネの編曲を手掛けたという。しかし、64年に公開されたセルジオ・レオーネ監督によるマカロニ・ウエスタン『荒野の用心棒』の仕事が舞い込んだことで、いよいよ作曲家として花開くこととなる。
この『荒野の用心棒』のサウンドトラックを聴くだけでも、彼の非凡な才能は明らかだ。例えば「さすらいの口笛」。40年以上前の曲だが、今尚これは強烈なインパクトを放っている。鞭、鐘の音、鉄をハンマーで叩くような響き、これらが融合したビートの上を口笛が哀愁の旋律を奏でながらさすらう。ハリウッド製ウエスタンはオーケストラを主体とした音楽が大半であったが、モリコーネの作り上げたサウンドは従来のいかなるスタイルにも属さないものだった。そもそも終始鳴っているのは「鞭」「鐘」「ハンマー」だ。わざわざ指摘するのも何なのだが、「鞭」も「鐘」も「ハンマー」も断じて楽器ではない。しかし、これらが叩き付けられる毎に匂い立つのは、むせ返るような「暴力」「死臭」「血反吐」。楽器では到底為し得ない表現力を放っている。クリント・イーストウッドが演じる流れ者の拳銃が非情の火を吹きまくる『荒野の用心棒』の曲にとって、これ以上に身に纏うにふさわしい音色、アレンジはあり得ないだろう。映像に完璧に溶け込み、殺戮のオペラにさらなる鮮血を塗りたくった本作での仕事を切っ掛けに、モリコーネの名は一気に世界的なものとなったのであった。
以降、彼が手掛けた映画音楽は数知れない。マカロニ・ウエスタンのみならず、サスペンス、ラブ・ストーリー、スパイ・アクション、ホラー、その他様々なジャンルに亘る。とにかく、あらゆる作品で言えることなのだが、彼の書く音楽は映像、風景、登場人物の感情、作品の主題など、映画に宿っている全ての生命を躍動させて止まない。モリコーネの音楽は、それ自体が役者であり、語り部であり、映像であると言っても決して過言ではないのだ。その結果、彼の音楽は物語の深奥にまで我々観客を導くのみならず、劇場を出た後も映画の場面を鮮烈に追体験させてくれる。
僕自身も大切にしているモリコーネの音楽と映像の蜜月は数知れない。例えば曲の一節をふと思い出す度に何とも言えない愛しさが増しているのは『ウエスタン』のテーマだ。映画の序盤、汽車で田舎町に到着し、嫁ぎ先の農場へと向かうために駅舎を出たヒロイン。彼女を追うカメラは突如上昇し、町を俯瞰で捉える。画面に映し出されるのは人々と馬車が行き交う土埃まみれの営み、そして広がる真っ青な西部の空。「薄暗い室内からエネルギー溢れる外界へ」ーーその変化と100%シンクロしながらクレッシェンドで響き亘る「ウエスタンのテーマ」は、ただただ果てしなく美しい。ソプラノ、エッダのスキャットはヒロインの優しさや逞しさを瑞々しく伝えると共に、日々を懸命に暮らす名もなき人々に対しては渾身の讃歌を捧げ、猥雑なエネルギーが躍動する西部への憧れも眩いばかりに迸らせる。ここに音楽と映像が実現し得る幸福の極みが息づいているのを感じるのだ。その他『続・夕陽のガンマン』ならば、20万ドルの金貨を探しながら荒涼とした墓地を駆け巡る卑劣漢トゥーコの姿が思い浮かぶ。彼の汗まみれの視界を震わせる「黄金のエクスタシー」は、欲望の猛りを神々しく照らし出す。また『ミスター・ノーボディ』にて、群盗ワイルドバンチを1人で迎え撃つジャック・ボレガード。「BUONA FORTUNA JACK」「MUCCHIO SELVAGGIO」「CON I MIGLIORI AUGURI」が流れる中、彼の銃弾が歴史を作り、2挺のライフルを荒野に残して伝説となるまでが描かれるシーンは、息を呑んで見つめる他ない壮大な叙事詩だ。などなど、どれも僕の中で永遠の煌めきを放っている。おそらく世界中の人々が僕同様、モリコーネの音楽と共に各々の宝物の物語を噛み締め続けているのだろう。これはとてもとても素敵なことだと思う。
華麗で、優美で、繊細で、でも悪戯心が満載で、毒気もたっぷりで、時には手がつけられない程にエロチック。魂の透明な高鳴りから桃色の気紛れまで、無限の感情が豊かに色めくモリコーネの音楽は、紛れもなく20世紀の誇りであり、その輝きは21世紀の今も鮮やかさを強めるばかりだ。そして、未来永劫に愛されていくことであろう。
(田中 大)
【関連サイト】
Ennio Morricone Official Website
A Fistful of Soundtracks
Myspace
(掲載ジャケット:上から)
『荒野の用心棒』(1964年 A FISTFUL OF DOLLARS)
『夕陽のガンマン』(1965年 FOR A FEW DOLLARS MORE)
『続・夕陽のガンマン』(1966年 THE GOOD, THE BAD AND THE UGLY)
『ウエスタン』(1968年 ONCE UPON A TIME IN THE WEST)
『夕陽のギャングたち』(1971年 GIU' LA TESTA)
『ミスター・ノーボディ』(1973年 IL MIO NOME È NESSUNO)
以上、セルジオ・レオーネ監督作 ※ただし『ミスター・ノーボディ』は原案/製作(ノンクレジット)
『荒野の用心棒』(1964年 A FISTFUL OF DOLLARS)
『夕陽のガンマン』(1965年 FOR A FEW DOLLARS MORE)
『続・夕陽のガンマン』(1966年 THE GOOD, THE BAD AND THE UGLY)
『ウエスタン』(1968年 ONCE UPON A TIME IN THE WEST)
『夕陽のギャングたち』(1971年 GIU' LA TESTA)
『ミスター・ノーボディ』(1973年 IL MIO NOME È NESSUNO)
以上、セルジオ・レオーネ監督作 ※ただし『ミスター・ノーボディ』は原案/製作(ノンクレジット)
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