音楽 POP/ROCK

スパイス・ガールズ 『スパイスワールド』

2018.11.24
スパイス・ガールズ
『スパイスワールド』
1997年作品


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 「準備万端よ!」と添えて、壁一面のポスターの前で撮った子供時代の写真をツイートしたのはアデルだったが、スパイス・ガールズが2019年にツアーを行なう旨を発表して大反響を呼んだのは、さる11月5日のこと。2000年に一旦活動を休止し、10年前にオリジナル・メンバーでのツアーを大成功させた彼女たちは、今回もチケットを瞬時に売り切って相変わらずの人気を見せつけている。確かにアデルに限らず、1990年代に少女期を過ごした女性ミュージシャンと話すと、スパイス・ガールズを重要なインスピレーション源に挙げる人は非常に多いものの、少し上の世代に属する筆者には当初、その人気の高さが理解できずにいた。
 それは多分、世界に先駆けて1996年6月にファースト・シングル「ワナビー」を日本で発売するにあたって初来日した時の印象が、あまりにも強烈だったからなのかもしれない。パーティーで業界のお偉方たちに屈託なくお酌している姿に違和感を抱き、関係者向けライヴの垢ぬけない雑然としたパフォーマンスにも呆気にとられ、やり手で有名なマネージャー(サイモン・フラー)も胡散臭いし、とにかく当たるわけがないと思ったものだ。

 ところが「ワナビー」は英米を含め世界35カ国でナンバーワンを獲得。9月に登場したアルバム『SPICE』は世界で1,800万枚も売れて、予想は見事に外れた。そこで反省して(!)改めて彼女たちのキャリアを追い始め、程なくして合点が行った。スパイス・ガールズのファンになることは、クリッシー・ハインドやデビー・ハリーはもはや遠い存在で、マドンナやジャネット・ジャクソンも大人過ぎて、かといってホールやエラスティカを聴くには若い女の子たちにとって、女性であることのパワーを実感させてくれる初めての、思い切りとっつきやすいフェミニズム体験なのだということに。

 サイモンにしても〈仕掛け人〉というより〈共犯者〉に近くて、彼がメンバーを集めたわけではなく、先にグループがあった。シンガー志望の5人ーーメラニー・B=スケアリー・スパイス、メラニー・C=スポーティー・スパイス、エマ=ベイビー・スパイス、ジェリー=ジンジャー・スパイス、ヴィクトリア=ポッシュ・スパイスーーは、様々なオーディションやコンテストで顔を合わせているうちに親しくなって、1994年にスパイス・ガールズを結成。みんなソロを目指していたから、お揃いの服を着て、お揃いのダンスをしながら歌って、微笑んでいるだけのお人形集団じゃなかった。嗜好も出自もバラバラな5人が個性を競わせながら、やりたいことをやるのみ。また「リーダーを作らないこと」も重要なポリシーで、女性同士の友情を前面に打ち出したところが、それまでのグループとは違う。敵は同性じゃないのだから団結して闘おうという意思が、彼女たち掲げるガール・パワーのメッセージに感じ取れた。

 そんな5人はサイモンと出会ってヴァージン・レコードからデビューに至り、『SPICE』の大ヒットを受けて、早速1997年11月にこの『SPICEWORLD』を発表。スタッフもほとんど前作と同じで、メイン・プロデューサーには、現在も英国のポップ界でヒット曲を続々生み出しているリチャード・スタナードと、その片腕マット・ロウを起用し、ソングライティングではアブソルートことポール・ウィルソンとアンディ・ワトキンスのコンビが、5人とコラボ。それでいて完成したのは、ファンクやR&B風味のダンスポップでまとめられていたファーストとは毛色が違うアルバムだった。ジャケットに写る地球と、タイトルの〈WORLD〉が示唆しているように、本作は時空を駆け抜ける音楽旅行であり、冒頭からカーニバルぽいノイズが聴こえてくる。サンバとサルサをミックスしたオープニング曲「スパイス・アップ・ユア・ライフ」で彼女たちはまさに、これから楽しい旅が始まることを我々に告げるのだ。
 その後は、モータウン・ソウルを意識して古典的ガールズ・グループに扮してみたり(「ストップ」)、優美なストリングスを盛ったドゥーワップに挑んだり(「トゥー・マッチ」)、Gファンク(「サタデイ・ナイト・ディーヴァス」)や、ディスコ(「ネヴァー・ギヴ・アップ・オン・ザ・グッド・タイムズ」)や、ビッグ・ビート(「ムーヴ・オーヴァー」)を取り入れ、フラメンコ・ギターをあしらってスペイン趣味(「ビバ・フォーエヴァー」)で実験し、なぜかビッグバンド仕様のラウンジ・ジャズ(「ザ・レディ・イズ・ア・ヴァンプ」)でフィナーレを迎えていて、多彩なんてもんじゃない。いい意味で欲張りな、異色エキゾチカ・アルバムを完成させているのである。

 なのにどれも唐突に感じさせないのは、小気味よく言葉を投げ合う、キャラの濃い5人の存在感があってこそ。歌っていることは前作から変わっておらず、何をやってもスパイス・ガールズ節に仕上がっていて、主張はとことん強い。自由に生きること、欲望に正直であることを奨励し、自分のためにならない男、裏切った男は躊躇なく切り捨てて、聴き手にも「こういう男には気を付けるのよ」と警告する。そして〈世代交代〉も繰り返し触れているテーマで、「ムーヴ・オーヴァー」では「古い考え方は用済み!」と歌い、「ザ・レディ・イズ・ア・ヴァンプ」では、マリリン・モンローからチャーリーズ・エンジェルに至る女性アイコンに敬意を捧げつつ、「でもそれは過去の話で、1990年代を生きる新しいパワー・ガールは、自分がやるべきことを心得ているの」と宣言。自分たちを同列のアイコンと見做しているわけだ。

 実際、彼女たちは間違いなく新しい女性像を提示して、同等のインパクトを世界に与えた。例えば「ドゥ・イット」にある、「ルールなんて破るためにあるもの」とか、「見た目なんか関係ない、重要なのは心の中」とか、「私に敬意を見せてくれたら、私も敬意をもって接するわ」といった主張は、近年の若い女性ポップシンガーの曲には珍しくないけど、20年前にこんなことを歌う人はほかにいなかった。ビジネスにも貪欲で、映画を作ったり、フィギュアから弁当箱まで無数のグッズを売って自分たちをブランド化。2000年代以降のビジネス・モデルを先取りしていたようなところもある。そして、サード『FOREVER』が2000年にお目見えするまでに、ふたりのメンバーが結婚して母親になり(うちひとりは離婚も済ませた)、各自ソロ活動も始めるという、まさしくルール無用のグループだったスパイス・ガールズ。そうこうしているうちにジェリーが脱退して、『FOREVER』以降(2018年現在まで)アルバムは作られていない。が、デザイナーに転身したヴィクトリア(来年のツアーにも彼女は参加しない)は別にして、結局誰もソロ・アーティストとして大きな成功を収めていないところを見ると、やっぱり団結こそ力。だから5人は絶対に「解散」という言葉は口にせず、また一緒にステージに立つのだろう。
(新谷洋子)


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『スパイスワールド』収録曲
01. スパイス・アップ・ユア・ライフ/02. ストップ/03. トゥー・マッチ/04. サタデイ・ナイト・ディーヴァズ/05. ネヴァー・ギヴ・アップ・オン・ザ・グッド・タイムズ/06. ムーヴ・オーヴァー/07. ステップ・トゥ・ミー/08. ドゥ・イット/09. ディナイング/10. ビバ・フォーエヴァー/11. ザ・レディ・イズ・ア・ヴァンプ

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