音楽 POP/ROCK

グリーン・デイ 『アメリカン・イディオット』

2020.02.25
グリーン・デイ
『アメリカン・イディオット』
2004年作品


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 2月初めにグリーン・デイの最新作『Father of All Motherfuckers』が届いた。今秋の大統領選に向けてすでにアメリカは選挙モード一色。今回はリベラル勢にとって切迫感のレベルが違うだけに、誰かのことを示唆しているかのようなタイトルを見てつい期待してしまったのだが、彼らが作ったのはいたってノンポリなアルバムで、メディアでは驚きの声が多々聞かれたものだ。惨憺たる政情にすっかり落ち込み、ただ消耗させられるばかりでインスピレーションを得られなかったーーというような説明を彼ら自身はしていて、それももちろん納得できる。

 つい期待した理由は言うまでもなく『アメリカン・イディオット』(全米チャート最高1位)、根拠なきイラク戦争のさなか、ジョージ・W・ブッシュ氏が再選を目指した2004年の大統領選直前にリリースされた、(本人たちが呼ぶところの)〈パンクロック・オペラ〉だ。長年のコラボレーターであるロブ・カヴァロと共同プロデュースした本作は、デビューから15年を経てパンクの枠から解放された彼らが、幅広いサウンド表現(1950年代風ロック、ヘヴィロック、ニューウェイヴ......)を網羅して13の曲でストーリーを織り上げた大作であり、バンドの野心の大きさをいよいよ見せつけるアルバムでもあった。

 そんなグリーン・デイは、1曲目に配置した表題曲で〈アメリカ人の愚か者なんかになりたくない〉と抵抗の拳を振り上げて、パラノイアとテンションとヒステリアが充満した9・11事件後のアメリカへと時間を巻き戻す。メディアが政権のプロパガンダ・マシーンと化し、反対意見は非愛国的として抑え込まれ、真実が見えなくなっていた時期のアメリカへ。そして早速ブッシュ政権との対決姿勢と反戦の意志を明確に打ち出している。じゃあ果たしてこれは、スローガンをちりばめたプロテスト・アルバムなのか? そもそもポリティカルなアルバムなのか? じつはそう単純な話じゃなかった。当時すでに30代に突入していた3人のメンバーは、若い世代に向かって「君はどうする?」と問いかけていたのだ。国がおかしな方角に進んでいく中で、目を背けていていいのか、居心地のいい狭い場所に閉じ籠っていていいのかーーと。

 まさにそう逡巡している本作の主人公の名は、ジーザス・オブ・サバービア=郊外のキリストだ。5部構成の2曲目「ジーザス・オブ・サバービア」は、アメリカのどこかの退屈な町で、ドラッグとテレビに依存しながら怠惰に暮らす彼の日常と、問題意識の芽生えを歌う。アメリカン・ドリームに取り残された存在として描かれたジーザスは、社会の不均衡の象徴でもある。それでも彼はうっすら何かがおかしいと感じ始めて、自分を取り巻く環境に嫌気が差し、都会に逃げ出す。そして「ホリデイ」で勇ましいプロパガンダの裏にある戦争の現実と向き合い、「ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス」では反復的な歌詞が、誰もいない通りを歩きながら答えを探し求めているジーザスの悶々とした心の内を代弁。が、彼のモノローグは突然「セイント・ジミー」のアグレッシヴなノイズに断ち切られる。ジミーは言わば、ジーザスの虚無主義的なオルター・エゴであり、以後、行動を起こさなければと考えるジーザスと、自分には関係ないことだと拒絶するジミーのせめぎあいが続くのだ。

 つまり筆者が考えるに本作は、若者のアイデンティティ探しの物語であり、当時のアメリカのように日々何らかのクエスチョン、何らかのチョイスが人々に突き付けられていた時期こそ、自分の声を見つけ出す絶好のチャンスなのだと訴えかけていたと思う。内向きで無関心なアメリカ人にならないために、今こそ世界に出て行って見聞を広め、色んな経験をしようじゃないかと。

 そして「シーズ・ア・レベル」を皮切りに中盤以降は、ひとりの女性との出会いがフォーカスとなる。〈Whatshername(彼女は何て名前?)〉と呼ばれ、あえて名前を与えられていない彼女は抵抗の象徴みたいな、自分にはない勇気を備えた女性だ。「レター・ボム」ではそんな〈Whatshername〉の声を、究極のフェミニスト・アンセムのひとつ『Rebel Girl』を歌ったビキニ・キルのキャスリーン・ハンナが提供しているところがまた象徴的なのだが、結局ジーザスは彼女と破局。これまた5部構成の「ホームカミング」でさらなる試行錯誤を経て、自分の心を惑わすジミーを切り捨てて帰郷を決心するのである。そして「ワッツァーネイム」であの恋を思い出しながらアルバムはエンディングを迎えるーーというのが、筆者の解釈だ。

 ぶっちゃけ完全に筋が通っているわけじゃない。起承転結があるようでない。それでいて、何かしたいのにどうしていいのか分からない焦燥感や無力感、情報の洪水の中で真実と嘘を見極められない不安感を、本作は十分に伝えている。今思うと2004年の大統領選では、民主党の対立候補を支援してブッシュ氏の再選を阻止する運動こそ音楽界で盛んに行なわれたものの、アルバムの形でこのように国民の意識そのものに迫った大物アーティストは、グリーン・デイだけ。時代のドキュメントとして貴重な1枚であり、2020年のアメリカにもそっくり適用できる。そう、彼らは『アメリカン・イディオット』をもう1枚作る必要はなかったのだ。

 最後に、シングルカットされて大ヒットした名曲「ウェイク・ミー・アップ・ホウェン・セプテンバー・エンズ」にも触れておこう。なぜ最後まで触れなかったのかと言えば、ジーザスのストーリーとは直接関係ないからで、曲のテーマは、フロントマンのビリー・ジョー・アームストロングが1982年9月、10歳の時に体験した父の死。彼は痛みを掘り起こして改めて喪失感と向き合っているのだが、〈9月が終わるまで眠らせて〉というリフレインも相俟って、9・11事件の犠牲者へのトリビュートとして広く受け止められたものだ。そして2005年夏に公開された傑作PVでは戦争に運命を狂わされるカップルを描き、イラク戦争というリアリティにも曲を結び付けた。さらには、まさにあの夏起きたハリケーン・カトリーナの被災者救済イベントで歌ったことから、1,200人超の死者の鎮魂歌という解釈も新たに加わった。喪失感という糸をたぐり寄せて20年の時を渡ったこの曲の予期せぬ旅路もまた、『アメリカン・イディオット』を語る時には忘れたくない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『アメリカン・イディオット』収録曲
01. アメリカン・イディオット/02. ジーザス・オブ・サバービア/03. ホリデイ/04. ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス/05. アー・ウィー・ザ・ウェイティング/06. セイント・ジミー/07. ギヴ・ミー・ア・ノボカイン/08. シーズ・ア・レベル/09. エクストラオーディナリー・ガール/10. レターボム/11. ウェイク・ミー・アップ・ホウェン・セプテンバー・エンズ/12. ホームカミング/13. ワッツァーネイム

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