音楽 POP/ROCK

コーナーショップ 『ボーン・フォー・ザ・セヴンス・タイム』

2020.03.22
コーナーショップ
『ボーン・フォー・ザ・セヴンス・タイム』
1997年作品


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 先日BBCのニュース番組で英国議会の映像を見ていて、ちょっと驚いたことがある。最前列に座るジョンソン首相の両脇にいた内務大臣と大蔵大臣がどちらも、南アジア系の政治家だったのである。人種ではなく、彼らが保守党内閣の最重要ポストにあるという点に驚いたのだ。しかも内務大臣のほうは非常に厳格な移民政策を推し進めていて、目下検討している移民受け入れの条件に照らし合わせると、半世紀前に英国に渡った彼女自身の両親も対象外になる。そういう展開の皮肉さを、メディアが指摘してもいるのだが。

 そもそも多民族国家では往々にして、移民や有色人種は、人権擁護や弱者の支援に積極的なリベラルな政党を支持する人が多いわけだが、二世、三世となってより受け入れられて社会的に高いポジションに就くようになれば、当然マイノリティ意識は薄まる。それはいいことでもあり、結果的には、社会保障予算を極端に抑制してきた保守党の議員にアジアやアフリカ系が増えたのも不思議ではないのだろう。でも、右寄りの体制側についた閣僚たちとは対照的に、先頃登場した新作で2020年の英国にアジア系住民の居場所はあるのかと問いかけて、人種の壁を分け隔てる壁はますます厚いと主張しているのが、二組の移民二世のアーティストだ。一組は、「英国との破局アルバム」と自ら評する『The Long Goodbye』を発表したパキスタン系俳優兼ラッパーのリズ・アーメッド。もう一組は、四半世紀前にこのサード・アルバム『When I Was Born For The 7th Time』(1997年/全英チャート最高17位)でブレイクし、以来マイペースな活動を続けて2020年2月末に8年ぶりの新作『England Is A Garden』をリリースしたコーナーショップだ。

 イングランド中部ウルヴァーハンプトンで生まれ育った、インドからの移民二世であるティジンダー・シンが、同じ大学で学んでいた相棒ベン・エアーズ(彼は白人である)と1991年に結成したコーナーショップにとって、ティジンダーのアイデンティティ意識は常に表現の核にあった。バンド名の由縁は、多くのアジア系英国人が営むコンビニ的な商店の通称(うっすら差別的ニュアンスを含む)。1994年のデビュー以来、グラムロックとサイケデリック・ロックとパンジャーブ地方の伝統音楽を融合し、ポリティカルな主張を発信することで、ブリットポップ時代の白すぎるインディロックに刺激と色彩の喝を入れてきた。時期的にはタルヴィン・シンやエイジアン・ダブ・ファウンデーションが、クラブ・シーンでも〈エイジアン・アンダーグラウンド〉と総称されたハイブリッドな音楽を鳴らし始めた頃だ。そしていよいよ1998年、本作からのシングル「Brimful of Asha」のファットボーイ・スリムによるリミックスで、バンドは全英チャートの頂点を極める。

 この大ヒットに後押しされ、発売から1年近く経って注目を浴びた『When I Was〜』は、ティジンダーとベンほか計5人編成で録音。ティジンダーが作詞作曲とプロデュースの大半を手掛け、メンバーはギター、シタール、ドラムス、タンブーラとドーラク(共にインドの伝統的打楽器)、キーボード、ハーモニウムといった楽器をプレイし、多彩なゲスト・ヴォーカル(アメリカのゴシック・カントリー・バンド=ターネイションのポーラ・フレイザーから詩人のアレン・ギンズバーグまで)を起用。アメリカのヒップホップ界の奇才ダン・ジ・オートメイターことダン・ナカムラも、数曲を共同プロデュースしている。

 当時クール・キースとのコラボで頭角を現したばかりだったダンの参加が物語る通り、ティジンダーとベンの音楽的アンテナの感度は鋭く、ヒップホップの影響が一気に全面に表れているのが本作の大きな特徴だ。サンプリングを多用し、リズムの基本は、バングラビートでなければ、ゆるめのブレイクビーツ。インストゥルメンタル曲が収録曲の三分の一を占めており、シタール&スクラッチの「Butter the Soul」、タンブーラ&シンセの「Chocolat」を始めサイケなサウンドスケープがあちこちに挿まれている。ビースティ・ボーイズの『イル・コミュニケーション』にもインスパイアされたと聞けば納得が行くし、Mo'Waxレーベルの作品に同時代性を見出すことも可能かもしれない。よって本作は何よりもグルーヴが主役のアルバムであり、突如スペイン語が飛び込んできたり、アメリカ訛りの英語で誰かがまくし立てたり、世界中で見つけた音のスナップショットを織り込んだローファイなDIYサウンドには、パンク精神が漲っている。

 ほかにも「Funky Days Are Back Again」はスライ・ストーンが英国の郊外に迷い込んだみたいなファンクチューンに仕立てて、「Good Shit」ではマッドチェスターに食指を延ばすなど、曲から曲へとグルーヴをつなぎ、かと思えばカントリー調の「Good To Be On The Road Back」では舞台をアメリカ南部に移してポーラとデュエット。ふたりは望郷の念と罪悪感を酒に紛らわしている。そういう意味では、他のアルバムに比べると人種問題や政治を扱った歌詞は少ないのだが、英語とパンジャーブ語で歌うティジンダーの飄々としたバイリンガル・ヴォーカルとボーダーレスな音楽性が、マルチカルチュラリズムを礼賛するメッセージを十分に伝えているというもの。聴けば聴くほど、ダンがこの直後に関わるゴリラズを先駆けていたと思えるのだ。

 もちろん、歌詞に着目すべき曲もある。例えばオープニング曲は、母を亡くしたばかりだったティジンダーが、輪廻の思想などシーク教のカルチャー(彼の両親はシーク教徒だった)に言及しながら喪失感と向き合う「Sleep On The Left Side」。アルバム・タイトルはこの曲の歌詞からの引用で、人間は死後7度生まれ変わるという考えに基づくものだ。2曲目に配したオリジナル・ヴァージョンの「Brimful Of Asha」もパーソナルな曲で、〈Asha〉とは、無数のボリウッド映画に歌声がフィーチャーされ、ティジンダーも幼い頃から親しんだインドの国民的シンガーのアシャ・ボスレのこと。彼女にトリビュートを捧げると共に、自分の音楽人生で大きな役割を果たした45回転シングルを讃えている。リミックスより単調ながら、その分ターンテーブルでシングル盤が回転するのを眺めている、ヒプノティックな気分が味わえる。

 本作が発売される半年前に亡くなったアレン・ギンズバーグが、未発表の詩を朗読する「When Light Appears」にも触れておかねば。ここで用いた音源は、ニューヨークの自宅にアレンを訪ねて録音し、トラックは、ティジンダーがパンジャーブ地方で自ら集めたフィールド・レコーディングで構築したという。まるで現地の街角にかのビート詩人が佇んでいるかのようだが、アレンは実際にインド文化に興味を抱いて1962年から翌年にかけてこの国に滞在。各地を訪ねて音楽や文学や宗教に触れて、さらに知識と造詣を深めたという経緯がある。

 またインド文化に傾倒していたと言えば、アレンと交流があったザ・ビートルズも然り。アルバムのフィナーレにティジンダーが選んだのは「ノルウェイの森」のパンジャーブ語カヴァーだ。つまり、インド音楽の影響下にある曲を源に連れて帰り、ザ・ビートルズとアレン・ギンズバーグを巻き込むことで、欧米のカウンター・カルチャーにインド文化のDNAがあることを思い起こさせて幕を閉じる。世の中、何もかも雑種なんだよ!と。

 余談だが、この原稿を途中まで書いた時点で、『カセットテープ・ダイアリーズ』という実話に基づいた映画の試写に行った。主人公は1980年代にイングランドの地方都市で育ち、ブルース・スプリングスティーンの音楽を通じて世界を広げ、同時に自分の出自と向き合うことにもなったパキスタン系英国人の少年。昨年の『イエスタデイ』に続くエイジアン・ブリティッシュ×ロックという設定の、ステレオタイプに挑戦する作品であり、今と似た極右政党が跋扈した時代とあって、激しい人種差別も描かれていた。1968年生まれのティジンダーも同じような経験したのだろうな、アジア系のロックファンというだけで異端視されたんだろうな――などと思いながらあとで改めて聴いた時、このマジカルなアルバムの重みが増していたことは言うまでもない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『ボーン・フォー・ザ・セヴンス・タイム』収録曲
1. スリープ・オン・ザ・レフト・サイド/2. ブリムフル・オブ・アーシャ/3. バター・ザ・ソウル/4. ショコラ/5. ウィアー・イン・ユア・コーナー/6. ファンキー・デイズ・アー・バック・アゲイン/7. ホワット・イズ・ハプニング?/8. ホエン・ザ・ライト・アピアーズ・ボーイ/9. カミング・アップ/10. グッド・シット/11. グッド・トゥ・ビー・オン・ザ・ロード・バック・ホーム/12. イッツ・インディアン・タバコ・マイ・フレンド/13. キャンディマン/14. ステイト・トゥルーパーズ(パート1)/15. ノルウェイの森

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