音楽 POP/ROCK

『Red Hot+Blue:A tribute to Cole Porter to benefit AIDS research and relief』

2020.06.15
『Red Hot+Blue
A tribute to Cole Porter
to benefit AIDS research and relief』
1990年作品

redhot j1

 今年リリース30周年を迎える名盤は何かと問われれば、パブリック・エネミーの『ブラック・プラネット』やソニック・ユースの『Goo』などが真っ先に思い浮かぶのだが、ひとつの感染症が世界を未曽有のカオスにおとしいれている中、思い出さずにいられなかった1枚が本作『Red Hot + Blue』。非営利団体Red Hotがプロデュースするチャリティ・アルバム・シリーズの第一弾にして、コール・ポーターのトリビュート・アルバムでもある。

 1989年にニューヨーク在住のキュレーター兼美術評論家のジョン・カーリンが、アーティストが次々にエイズで倒れていくことに危機感を覚えてRed Hotを設立した時は、よもや30年続くとは思っていなかっただろう。こんなチャリティは早く用済みになったほうがいいに決まっている。しかしHIV/エイズは未だに(発症を抑え通常の生活が送れる薬は開発されたものの)不治のまま。「ポップ・カルチャーを介してエイズと闘う」ことを趣意に掲げるRed Hotの活動は続いており、アルバム、ライヴ・パフォーマンス、TV番組、アート作品、映像......と複数のメディアを連動させながら啓蒙活動を展開。世界中の関連団体や研究所に収益を寄付し、治療法の研究、正しい知識の伝達、患者のケアなどなど多岐にわたる支援を根気強く行なってきた。これまでに関わった表現者の数は、ミュージシャンを中心に500組を超えている。ちなみにここにきてHIV感染者/エイズ患者は世界的には減少傾向にあるものの、日本では増える一方。調べてみると、日本の団体も過去にRed Hotの支援を受けていた。

 そんな同団体の活動の核にあるのが、すでに20枚以上を数えるアルバムなのだが、第一弾のテーマにポーターを選んだ理由は想像に難くない。言うまでもなく彼は、約40年の活動期間に数々のヒット映画とミュージカルの音楽を手掛け、楽曲はアメリカン・スタンダードとして無数のシンガーに歌い継がれてきた。よって、誰もが知る偉大なる音楽家を選ぶことで、興味を抱く人の層が大きく広がる。と同時にポーターは、伝記映画『五線譜のラブレター』にも描かれていた通り、まぎれもなくゲイ男性だ。今ではHIV/エイズ=ゲイ男性だけが罹る病気という誤認識は覆されて久しいが、激しい偏見があった当時、20世紀アメリカの文化史にゲイ男性の美意識が深く織り込まれていることを認識させる狙いがあったんじゃないだろうか?

 しかもRed Hotは、その誰もが知る曲、すでに数え切れないほどのヴァージョンがある曲を、豪華なメンツと自由な解釈で、かつてなくフレッシュな形で提示している。何しろ発売を記念するパーティーでは故エリザベス・テイラーが司会を務めたくらいで、ビッグネームを巻き込むことに苦労はなかったらしく、トム・ウェイツ節としか言いようがない「It's Alright With Me」を披露するトム・ウェイツを始め、とにかく大物揃い。加えて、イレイジャー(シンガーのアンディ・ベルはゲイ)や元ブロンスキ・ビート/ザ・コミュナーズのジミー・ソマーヴィル、k.d.ラングといったLGBTQアーティストも起用しつつ、多彩な20組をラインナップしている。例えば1曲目を歌うのは、ブレイクして間もなかったネナ・チェリー。ジャングル・ブラザーズのメンバーをプロデューサーに迎えて「I've Got You Under My Skin」をヒップホップに落とし込み、サビ以外の歌詞はほぼ全編、エイズ患者への差別をテーマに書き下ろした。そのジャングル・ブラザーズも、セーフ・セックスを訴えるストーリーで「I Get A Kick Out Of You」の歌詞の大半を置き換えて、異性愛者もHIVに感染するのだと示唆する当事者目線でラップしている。

 また、マリ人のサリフ・ケイタは「Begin The Beguine」の歌詞を地元の言語マニンカ語に訳し、バラフォンとホーンが鳴り響くワールドビート的なアプローチで再解釈。デヴィッド・バーンもこれに似た手法で「Don't Fence Me In」をリメイクし、フィドルやアコーディオンとブラジルのパーカッション楽器を組み合わせて、アメリカーナとアフロ・ブラジリアン音楽をクロスオーバーさせている。そして、映画『上流社会』でフランク・シナトラとビング・クロスビーが歌った「Well, Did You Evah!」は、ブロンディのデビー・ハリーとイギー・ポップというパンクなコンビがカヴァー。デビーとイギーとデヴィッドはまさに、ロバート・メイプルソープやキース・へリングほか、エイズが奪った1970〜80年代ニューヨークのアーティストたちと交流があった、同時代人だ。

 一方のヨーロッパ勢も思い思いにポーターを表現しており、ジミーはジャズ・スタンダードとして知られる「From This Moment On」をメランコリックなハウスに生まれ変わらせ、フランスのミクスチュア・バンド=レ・ネグレス・ヴェルトは、彼らの故郷へのラヴソング「I Love Paris」を原曲以上に濃厚なパリ気分で満たした。そして、大ヒット曲「ニューヨークの夢」で共演したカースティ・マッコールとザ・ポーグスは、「Miss Otis Regrets/Just One Of Those Things」をアイリッシュ・トラッドにアレンジ。U2の「Night&Day」も、過渡期のバンドを捉えた注目すべき1曲だ。ミュージック・ビデオを見るとルックスは『魂の叫び』のノリを引きずっているのに、ふんだんにシンセを配したファンキーな仕上がりで、次のアルバム『アクトン・ベイビー』の前哨だったことが分かる。

 そうかと思えば、変化球ばかり飛んでくるわけではなく、ジャズ・ヴォーカルに寄った直球の解釈もある。エラ・フィッツジェラルドの有名なヴァージョンを踏襲したシネイド・オコナーの「You Do Something To Me」然り、アニー・レノックスの「Ev'ry Time We Say Goodbye」然り、kdの「So In Love」然り、リサ・スタンスフィールドの「Down in the Depth」然り......。ラストのアズテック・カメラの「Do I Love You」も、シンセで彩りを添えているもののあくまで原曲を尊重し、歌い手のとしてのロディ・フレイムの力量を見せつける。アコギの音がほとんど聴こえないというのが実に新鮮だった。

 このあとRed Hotは第2弾としてダンス・ミュージックに特化した『Red Hot+Dance』(1992年)を送り出し、以後オルタナティヴ・ロックやジャズ、カントリー、キューバ音楽、アフロビート、クラシック、スポークン・ワードをテーマに取り上げたり、エイズで亡くなったフェラ・クティやアーサー・ラッセルにオマージュを捧げたりもした。2016年に登場した最新作『Day of the Dead』は計59曲収録のグレイトフル・デッドのカヴァー集で、今年は珍しくEPを発表している。ストリーミングが主流の今、アルバム形式にこだわらなくなったのだろうか、その名も『T-POP: No Fear In Love』。昨年アジアで初めて台湾が同性婚を合法化したことを祝し、クラウド・ルーほか地元のインディポップ・アーティストたちの参加を得て制作した作品で、「愛することを恐れなくていい(No Fear In Love)」というタイトルも粋だ。そういえば、30年前は同性同士で結婚できる国は存在しなかった。でも障壁は各地で取り除かれて、今は約30カ国で認められている。HIV/エイズは無くならないが、無くなったこともあるのである。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『Red Hot+Blue』収録曲
01. Neneh Cherry「I've Got You Under My Skin」/02. Neville Brothers「In The Still Of The Night」/03. Sinead O Connor「You Do Something To Me」/04. Salif Keita「Begin The Beguine」/05. Fine Young Cannibals「Love For Sale」/06. Debbie Harry/Iggy Pop「Well, Did You Evah!」/07. Kirsty Maccoll/The Pogues「Miss Otis Regrets/Just One Of Those Things」/08. David Byrne「Don't Fence Me In」/09. Tom Waits「It's All Right With Me」/10. Annie Lennox「Ev'ry Time We Say Goodbye」/11. U2「Night And Day」/12. Les Negresses Vertes「I Love Paris」/13. K.D. Lang「So In Love」/14. The Thompson Twins「Who Wants To Be A Millionaire?」/15. Erasure「Too Darn Hot」/16. The Jungle Brothers「I Get A Kick Out Of You」/17. Lisa Stansfield「Down In The Depths」/18. Jimmy Somerville「From This Momment On」/19. Jody Watley「After You」/20. Aztec Camera「Do I Love You?」

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