音楽 POP/ROCK

ダヴス 『ロスト・ソウルズ(失われた魂)』

2020.07.14
ダヴス
『ロスト・ソウルズ(失われた魂)』
2000年作品


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 重く垂れこめた雲のようなメランコリーと、ダンスフロアの享楽。マンチェスターという町から発信される音楽のある意味で対照的なふたつの特徴を、図らずもクロスオーバーして見せたバンド......と言えば、誰しもジョイ・ディヴィジョンとニュー・オーダーを思い浮かべるに違いない。が、本稿の主人公は彼らではなく、ダンスフロアで誕生しながら、詩情あふれるムーディーなロックバンドに変身するという逆のルートを辿ったマンキュニアンたち。先頃10年ぶりのシングル「Carousels」でうれしいカムバックを果たしたダヴスである。本作『ロスト・ソウルズ(失われた魂)』(全英チャート最高16位)で2000年にデビューし、00年代のマンチェスター発のオルタナティヴ・ロックをエルボーと共に牽引してきたこのトリオには、実際、ジョイ・ディヴィジョン〜ニュー・オーダーとの接点が色々とある。

 同い年のメンバー、双子のアンディ(ドラムス)とジェズ(ギター)のウィリアムズ兄弟とジミー・グッドウィン(ヴォーカル/ベース)が、マンチェスター郊外のウィルムスロウにある中学校(The 1975のメンバーも通った学校だ)で出会ったのは、彼らが13歳の時。10代の終わりにアシッド・ハウスの洗礼を受け、ニュー・オーダーのメンバーが出資してオープンしたあの伝説的クラブ=ハシエンダでばったり再会したことを機に、3人はサブ・サブ(Sub Sub)というバンドを結成する。マネージャーを引き受けたのはほからならぬロブ・グレットン。同じくハシエンダの設立者、かつファクトリー・レコードの共同経営者で、ジョイ・ディヴィジョン〜ニュー・オーダーの面倒も見ていたシーンの立役者だ。

 こうして1989年に誕生したサブ・サブは、アシッド・ハウスのほかに地元の先輩ア・サーティン・レイシオなどの影響を感じさせる、インストゥルメンタルが基本のダンス・バンドで、1991年に自主制作のファースト・シングル「Space Face」を発表。ロブが主宰するRob's Recordsから送り出した傑作ダンス・アンセム「Ain't No Love(Ain't No Use)」で93年に全英チャート3位の大ヒットを記録し、翌年アルバム『Full Fathom Five』をリリースするのだが、シングル・ヒットをキャリアアップにつなげることができず、活動に行き詰まってしまう。しかも、セカンド・アルバムを完成させられないまま20代の終わりに差し掛かった頃、本拠地にしていたスタジオで火事が発生し、作り終えていた曲の音源や機材をそっくり焼失。これを機に心機一転、ジミーがシンガーを引き受けて、名前も音楽志向も刷新して再出発するに至った。97年発表のサブ・サブの最後のシングルにはちなみに、ニュー・オーダーのバーナード・サムナーがフィーチャーされていたものだ。

 そして98年秋のEP『Cedar』を経て本作が登場。日本盤には「失われた魂」と訳が添えられているタイトルは、ニュアンスとしては「道を見失ってさまよう人たち」に近く、1990年代末時点の3人を指しているのではないかと思う。なぜってブレイクアップ・ソングの形をとった曲が多いものの、ここで歌われているのは、自分の過ちに気付かなかったこと、機会を無駄にしてしまったことへの深い後悔と苦悩。心の痛みに眠りを奪われ、夜の街をドライヴしている「シー・ソング」然り、修復不可能な人間関係を前にして絶望感にひしがれているタイトルトラック然り。アルバム制作中の99年春にロブが急死したことも、沈痛なトーンに幾らかの影響を与えたのだろう、1990年代というハイからゆっくりと地上に降りてきてリアリティと直面している、そんな風に評することもできる。まだジミーの声は遠慮がちだし、言葉の数は少ない。でも彼らはそれまで隠し持っていた詩人のハートを差し出して、死んだ魚に自分を準えた「ライズ」のオープニング・ライン〈Belly up in a sea of love(愛の海で腹を上にして浮かんでいる)〉を筆頭に、簡潔で残酷なフレーズの数々で聴く者を打ちのめすのだ。

 他方で、音は緻密に作り込まれている。そもそもギター・ロックとダンス・ミュージックを融合させる手法は90年代後半から様々なアプローチでなされ、ご存知の通りダンス・ミュージックから〈踊れる〉という要素を取り出して、ロックに反映させるのが通常のやり方だ。しかしダヴスは潔くフロアに背を向けている。全編ミッドテンポで貫いた本作に感じられるサブ・サブ時代からの「申し送り」は、反復的な構成、多数のサンプル、ループ、加工したヴォーカル、エレクトロニックなエフェクト......。タイトな3ピース・バンドであると同時に、プロデューサー集団でもあるという強みに物を言わせている。それに、助走から分かりやすく盛り上がってサビで爆発......という展開はほとんど見当たらず(唯一の例外は初期ダヴスを代表するアンセム「キャッチ・ザ・サン」だろう)、緩やかに、波状にエモーションを折り重ねていくのがダヴス節。大仰な主張はしなくてもスケール感にあふれ、哀感と陶酔感が一緒くたになって押し寄せる彼らの曲には、〈シネマティック〉という形容詞があまりにもしっくり当てはまる。

 フィナーレの「ア・ハウス」も例外ではない。全編に敷かれたサンプルは、何かが燃えている音。そう、3人はここでサブ・サブの終焉を振り返っている。〈僕の家が灰になってしまったのは、まさにこんな一日だった〉と。でも人生は明日も続くから、新しいスタートに全力を注ぐのだと決意を示し、炎が風に揺られてノイズが遠のいていく中、ポジティヴなトーンでフェイドアウトするのだ。恐らく曲を書いた当時の彼らには、リセットしてはみたものの自分たちの選択が正しかったのかと、不安もあったのだろう。それは全くの杞憂だった。本作はマーキュリー賞の候補に挙がり(受賞したのは同郷のバッドリー・ドローン・ボーイことデーモン・ゴフのファースト『ジ・アワー・オブ・ビウィルダー・ビースト』だったものの、3人は事実上のバックバンドとして同作に全面的に参加している)、プラチナ・セールスを記録。音をよりそぎ落としたセカンド『ザ・ラスト・ブロードキャスト』(2002年/再びマーキュリー賞候補に)と、改めてエレクトロニック色を強めたサード『サム・シティーズ』(2005年)で全英1位を獲得し、その路線をさらに掘り下げた4作目『Kingdom of Rust』(2009年)でも賞賛を浴びた。ところが、10年を一周期とする習慣がついているのか、『Kingdome of Rust』のレコーディングが難航してすっかり疲弊した彼らは、活動を休止。ジミーはソロ作品を発表し、ウィリアムズ兄弟は新バンドのブラック・リヴァーズを結成して40代を思い思いに過ごした。おして昨年なってライヴ活動を再開し、50代を再びダヴスとして生きようと合意したようだ。そういえば、デーモンがやはり10年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Banana Skin Shoes』を5月にリリースして、波乱含みだった自分の40代を振り返っていた。ジミーたちも間もなく完成予定の5作目で、10年の空白を埋めてくれるに違いない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
Doves
『ロスト・ソウルズ(失われた魂)』収録曲
01. ファイヤー・スイート/02. ヒア・イット・カムズ/03. ブレイク・ミー・ジェントリー/04. シー・ソング/05. ライズ/06. ロスト・ソウルズ(失われた魂)/07. メロディ・コールズ/08. キャッチ・ザ・サン/09. ザ・マン・フー・トールド・エヴリシング/10. ザ・シーダー・ルーム/11. リプライズ/12. ア・ハウス

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