音楽 POP/ROCK

ルー・リード、ジョン・ケイル 『ソングス・フォー・ドレラ』

2020.08.23
ルー・リード、ジョン・ケイル
『ソングス・フォー・ドレラ』
1990年作品


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 コロナ禍で中止・延期を余儀なくされたのは、もちろん音楽イベントだけでない。多数の美術展にも影響が出ている。本当なら2020年9月に始まるはずだった『アンディ・ウォーホル・キョウト』展もそのひとつ。目下延期調整中となっているが、かねてから会期中にぜひ取り上げたいと思っていたアルバムが、本作『ソングス・フォー・ドレラ(Songs For Drella)』(1990年)だ。1987年のアンディの急死を受けて、ルー・リードとジョン・ケイルが作り上げた追悼作品であり、ふたりにとっては、アンディがプロデュースしたヴェルヴェット・アンダーグラウンド(以下VU)のファースト『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』以来、約20年ぶりのコラボレーション作品でもあった。ちなみにタイトルの〈Drella〉とは、ドラキュラとシンデレラを融合させたアンディのニックネームだ。

 その内容を詳しくご紹介する前に、まずはアンディとVU、そしてジョンとルー、ふたつの人間関係について触れておくべきだろう。時は1960年代半ばのニューヨーク、アンディが結成から間もないVUに惚れ込んでマネージャー兼パトロンを買って出て、彼らがファクトリー(多くのアーティストやセレブリティが出入りしていたアンディのスタジオ)のハウスバンドのような役割を果たすようになったことはご承知の通り。そこで大いに刺激を受けて、知名度も上げ、ニコをフィーチャーした『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』を制作する。しかし、今でこそ歴史的傑作と目されている同作は商業的には不発に終わり、ニコを参加させることを半ばアンディに強制されたこともあってバンド側の不満が高まり、リリースから間もなく両社は袂を分かつことになる。

 その一方で、当時バンド内の人間関係も暗礁に乗り上げていた。そもそもジョンとルーはパーソナリティもアーティスティックな志向も異なり、ふたりのテンションがバンドの原動力だったところもあるのだが、度重なる衝突で活動は行き詰まり、ジョンは1968年にクビに近い形で脱退。以来ほとんど関わりを断っていた彼らがアンディの葬儀で顔を合わせて、久々にコラボしようという話が浮上したわけだ。また興味深いことに、1970〜80年代を通じてソロ・アーティストとして精力的に活動していたふたりは、奇しくも1989年に相次いで、自分のルーツに立ち返るような素晴らしいコンセプト・アルバムを発表している。ルーはニューヨークにまつわる随筆集風の『ニューヨーク』を、ジョンはフォークランド戦争への抗議を込めた『Words For The Dying』(彼の故郷ウェールズが生んだ詩人ディラン・トーマスの詩を歌詞に用いた)という具合に。そこにセレンディピティめいたものを感じずにはいられない。

 そんなわけで本作は、アンディを追悼するだけでなく、壊れたままになっていたふたつの人間関係の修復というサブ・テーマを含んでいたんじゃないかと思う。ジョンとルーは、あの斜に構えたような声(ルー)と優しくふんわりとした声(ジョン)で代わる代わるヴォーカルを担当し、ギター(ルー)とヴィオラ及びピアノ(ジョン)だけの伴奏で15の曲をこしらえた。原題の正式表記は『Songs For Drella - A Fiction』、つまり「フィクション」と断り書きがされているものの、どの曲もアンディの生い立ちや思想・信条を伝えており、ふたりがアンディの視点で一人称で歌う曲が多いという点に、フィクションである所以がある。よって1曲目「Smalltown」では子供時代に遡り、故郷ピッツバーグでアウトサイダー意識に悩みながら、いつか逃げ出して有名になろうと夢見ていた少年の気持ちを、ルーが代弁。次の「Open House」で一路ニューヨークに向かい、デザイナーとしてひたすら靴を描いていた下積み時代を回想すると、3曲目の「Style It Takes」ではジョンがアンディ役を引き継いで、ポップ・アートのコンセプトを解説する。同じくジョンが歌う「Trouble with the Classist」のテーマもやはり、アンディのアート観。固定観念に縛れられず、笑われることを恐れずに斬新な試みに挑むべきだと諭しているのだが、クラシック出身のジョンが、流麗なピアノを弾きながら「だから古典主義者はつまんないんだ」と歌っているところに、皮肉が効いている。

 また、「Starlight」では100本以上の映画を撮った彼のフィルム・メイカーとしてのアプローチに、「Images」ではイメージへの執着に目を向ける。「Imagine」の反復的な曲構成は、シルクスクリーンでひとつのイメージを数限りなく増殖させるというお馴染みの手法に重なるものだ。そしてアンディのストイックな労働観をテーマにした「Work」(「アンディは僕が何をやっても満足してくれないし、怠け者だと罵られたものだ」とルーは回想する)や、外見へのコンプレックスを取り上げる「Faces And Names」では彼のパーソナリティに迫り、フィクションどころか、本作は立派なアンディ・ウォーホル論評集として成立している。

 以上前半から中盤にかけての曲が、時代の寵児となった彼の光の部分を総括しているとしたら、終盤のメインテーマは影の部分。「It Wasn't Me」では、ファクトリーに出入りしていた人たち(イーディ・セジウィック、キャンディ・ダーリング、ジャン=ミシェル・バスキア......)が次々に若くして亡くなったことに言及し、「I Believe」は1968年にフェミニスト作家ヴァレリー・ソラナスに銃で撃たれた事件を描く。そんな中でも異彩を放っているのが、タイトル通りにドリーミーな「A Dream」。ジョンがアンディの口調を真似て、周囲の人たちへの想いを6分以上にわたってつらつらと吐露する1曲だ。「ルーったら結婚式にも呼んでくれない〜もう大嫌いだ」とか、「VUのファーストは何度も再発されているけど僕は一銭ももらえない」とぼやいてみたり、アンディがジャケットを手掛けたジョンの1972年のアルバム『The Academy In Peril』について、「本当はモノクロのジャケットだったのに勝手にカラーにしちゃって、みんな人の話を聞かないんだよ」と、思いがけない暴露話が飛び出したり......。ユーモラスな曲でありながら、最後まで聴き進めると、実は彼がすでに亡くなっていることが分かる。

 そしてアルバムを締め括る「Hello It's Me」は、ルーからの別れの挨拶。後悔の言葉、謝罪の言葉に交じって、未だ許せない出来事にも触れながら、本人に直接伝えられなかったことをあらいざらい吐き出していて、「生きている間にもっと話をすればよかった」という1行に、改めて本作の存在理由を確認できる。

 このように、歌い手がアンディ自身だったり、ルーだったり、ジョンだったり、複数の視線が交錯しているだけに、ややこしさがないわけではない。でも逆に、彼を知るふたりの人物が自身の考察と史実を交えて浮き彫りにするアンディ・ウォーホル像はその分立体的で複雑で、間違いなく天才なんだけど面倒な部分も多々ある。名声を欲しながら、自意識過剰でシャイでもあった。何しろドラキュラとシンデレラが同居していたのだから、それも当然なのだろう。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『ソングス・フォー・ドレラ』収録曲
1. スモールタウン/2. オープン・ハウス/3. スタイル・イット・テイクス/4. ワーク/5. トラブル・ウィズ・クラシシスツ/6. スターライト/7. フェイセズ・アンド・ネームズ/8. イメージス/9. スリップ・アウェイ/10. イット・ウォズント・ミー/11. アイ・ビリーヴ/12. ノーバディ・バット・ユー/13. ア・ドリーム/14. フォーエヴァー・チェンジド/15. ハロー・イッツ・ミー

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