音楽 POP/ROCK

『ヘルプ』

2020.09.26
『ヘルプ』
1995年作品

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 今思うと、1990年代はチャリティ・コンピレーション・アルバムの黄金時代だった。それは、考えてみると不思議なことじゃない。ロック史上初の大規模なチャリティ・コンサートは1971年にジョージ・ハリソンが主催したバングラデシュ・コンサートだったが、その後80年代にかけて大型イベントが続々開催されるようになり、他方で、ライヴ・エイドの『ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?』などチャリティ・シングルが大ヒット。そういう動きの延長上にをチャリティ・アルバムというコンセプトが生まれ、1990年代にはパーソナルなこだわりを感じさせる、秀逸なプロジェクトが続々ローンチされたものだ。例えば、数カ月前に取り上げた『Red+Hot』シリーズ。難病と闘うミュージシャンのために治療費を募る『Sweet Relief』シリーズ。海洋環境保護団体サーフライダーを支援する『Music For Mother Ocean』シリーズ。いずれも、メジャーなポップスターよりオルタナティヴなアーティストを軸に、ジャンルを横断するプロジェクトだった。中でも、背景にあるストーリーも鑑みて1990年代を象徴する傑作を選ぶとするならば、間違いなく『ヘルプ(HELP)』(1995年)だと思っている。先頃リリース25周年を機に限定2020枚のアナログ盤で再発され、ストリーミングも始まった、ウォー・チャイルドのためのチャリティ・アルバム第一弾だ。

 ウォー・チャイルドは、旧ユーゴ/ボスニア戦争を取材したふたりの英国人の映像作家が、無力な政治家たちに業を煮やして設立した非営利団体で、1993年から紛争に巻き込まれた現地の子供たちの支援を行なっていた。1995年夏にはスレブレニツァの虐殺が起きて、ようやく事の深刻さを世界が悟って腰を上げようとしていた当時、ポール・ウェラーやポーティスヘッドが所属するレコード会社Go! Discsのひとりのスタッフが、日々報じられるニュースに触発されてウォー・チャイルドにアプローチ。思い立ったが吉日で、すでに同団体の活動に関わっていたブライアン・イーノをエグゼクティヴ・プロデューサーに迎えて、チャリティ・アルバム制作に向けて動き始めた。そして業界内のキーパーソンたちの協力を取り付けると、書き下ろし、カヴァー、既発曲の再録を問わず、「24時間以内にレコーディングする」という条件の下にアーティストたちに曲提供を打診し、20組から「イエス」の回答を得る。これは、ジョン・レノンが「レコードとは新聞のようなもので、世の中で起きていることを反映するべき」と語って、「インスタント・カーマ!」を1日で完成させたエピソードに因んだ試みだ。その20組は約束通り、9月4日にそれぞれスタジオに向かい、翌日CDの生産がスタート。録音したばかりの音源を瞬時に世界中に届けられる今は、本作が成し遂げたことのインパクトは伝わりにくいかもしれないが、9月8日には店頭に届いていたというスピードは驚異的だった。

 しかも、こんな厳しい条件でありながら人選も豪華極まりない。当時沸点に達していたブリットポップとエレクトロニカ・シーンの粋を網羅するラインナップは、まさに90年代英国のタイムカプセル。この世代のミュージシャンはノンポリだという批判を返上し、普段はお互いにやっかんでいるバンドも一致団結した。最たる例が、この2週間前に熾烈な全英ナンバーワン争いを繰り広げたブラーとオアシスが名を連ねている点だろう。曲は各自自由に選んでいるので1枚の作品としての一貫性はないのだが、同じ日に同じ目的で一斉にレコーディングされたという事実を共有する20曲のクオリティは総じて高く、ほぼ同年代に絞ったアーティスト間のライバル意識がポジティヴに働いたのだろうか? これは勝手な想像だが、久々の労働党政権下で経済的にもカルチャー面でも沸いていて、少なくとも国内には喫緊に闘うべきイシューがなかった彼らにとって、初めて関わる大型チャリティだったことも、全編を包む熱気や一体感と無関係ではないと思うのだ。

 そんなわけで、レディオヘッドの「ラッキー」(ナイジェル・ゴドリッチが初めてプロデュースした曲であり、次回作『OKコンピューター』の出発点とされている)を筆頭にハイライトは幾らでもあるのだが、筆者の個人的な推薦曲にはカヴァーが多い。まず、バカラック&デイヴィッドの「雨にぬれても」のマニック・ストリート・プリーチャーズによるヴァージョン。リッチー・エドワーズの失踪後初めてトリオで録音した曲として有名だが、簡素なアレンジが、歌い手としてのジェイムス・ディーン・ブラッドフィールドのスケール感を引き出していて、今もライヴの定番曲であり続けている。また、スウェードがカヴァーしたエルヴィス・コステロの反戦歌「シップビルディング」も、あのロバート・ワイアットのヴァージョンに匹敵する名演だし、アイルランドから参加したシネイド・オコナーは、周囲で起きている悲劇に無関心な人々を描く「ビリー・ジョーの唄」(ボビー・ジェントリーが1967年に発表した古典)を選び、国際社会の態度を暗に糾弾していた。そして、フィナーレでザ・ビートルズの「カム・トゥゲザー」をプレイするスモーキン・モジョ・フィルターズとは、ポール・マッカートニー、ポール・ウェラー、ノエル・ギャラガーを含むスーパーグループ。オリジナル曲の誕生地アビー・ロード・スタジオで録られたもので、セルフ・カヴァーと呼んで差し支えないのだろう。

 またエレクトロニック勢の曲にも聴きどころは多く、オービタルの「アドナン」は息子の死を嘆くボスニア人の父親の言葉を冒頭で引用し、ワン・ワールド・オーケストラ名義で参加したザ・KLFは「マグニフィセント」で、サラエヴォのラジオ局のDJのコメントをサンプリング。現地の声を曲に織り込んだ。そのザ・KLFは、4日朝10時にレコーディングを終えると、すぐにユーゴスラビア大使館でビザを発行してもらってサラエヴォに赴き、サンプル・ネタ元のラジオ局に直接音源を届けたという。パフォーマンス・アーティストしても数々の伝説を残してきた、彼ららしい逸話だ。

 そんな『ヘルプ』を成功に導いたのはアーティストや関係者だけでなく、当時の音楽ファンが熱烈に支援したことも忘れてはいけない。〈助けて〉というこの上なくシンプルな訴えに応じて、発売初日に7万枚を売り(数値上では全英1位だったがコンピレーションなので対象外に)、最終的に収益は125万ポンド(当時のレートで1億8千万円に相当)に到達。チャリティ作品として初めてマーキュリー賞候補にも挙がった。その後もウォー・チャイルド財団と音楽界は緊密な関係を維持し、『NME』誌と共同で企画した2002年の『LOVE』、イラク戦争開戦に際して作られた03年の『HOPE』、本作の発売10周年を記念した05年の『HELP! A Day in the Life』、09年の『HEROES』......と様々な趣向のアルバムが登場。英国以外のアーティストも次々ラインナップに加わり、現時点での最新作『Cover Stories』(2017年)の参加者は主にアメリカのカントリー・アーティストだったし、ほかにも毎年2月のBRIT賞授賞式の時期に、チャリティ・コンサートが開催されている。逆に言えば、今も世界各地で戦禍に苦しむ子供たちいるからこそ続いているわけで、喜んではいられない。本作に序文を寄せた、旧ユーゴにルーツを持つニルヴァーナのクリス・ノヴォセリックは「テクノロジーの発展に騙されるな。今も我々は20世紀に生きている。なんと血生臭い世紀だったろう」と原稿を括っていたが、残念ながら21世紀に入っても血生臭さは消えていないし、『ヘルプ』のメッセージはまだまだ必要とされている。
(新谷洋子)
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『ヘルプ』収録曲
1. フェイド・アウェイ(オアシス・アンド・フレンズ)/2. オー・ブラザー(ブー・ラドリーズ)/3. ラヴ・スプレッズ(ストーン・ローゼズ)/4. ラッキー(レディオヘッド)/5. アドナン(オービタル)/6. モーニング・エアー(ポーティスヘッド)/7. フェイク・ザ・アロマ(マッシヴ・アタック)/8. シップビルディング(スウェード)/9. タイム・フォー・リヴィン(シャーラタンズ)/10. スウィーテスト・トゥルース?ショウ・ノー・フィアー(ステレオMC’S)/11. ビリー・ジョーの唄(シンニード・オコナー)/12. サーチライト(レヴェラーズ)/13. 雨にぬれても(マニック・ストリート・プリーチャーズ)/14. トム・ペティ・ラヴズ・ヴェルーカ・ソルト(テラーヴィジョン)/15. マグニフィセント?荒野の7人より(ワン・ワールド・オーケストラ)/16. メッセージ・トゥ・クロミー(プラネット4フォーク・クァルテット)/17. ドリーム・ア・リトル・ドリーム(テリー・ホール&サラダ)/18. 1,2,3,4,5(ネナ・チェリー&トラウト)/19. アイネ・クライネ・リフト・ムジーク(ブラー)/20. カム・トゥゲザー(モジョ・フィルターズ:ポール・ウェラー、ポール・マッカートニー、ノエル・ギャラガー)

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