音楽 POP/ROCK

アデル 『21』

2021.10.23
アデル
『21』
2011年作品


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 本稿を書き始めたのは、アデルが6年ぶりのニュー・シングル「Easy On Me」をリリースしてから3日後。その勢いはすさまじい。諸ストリーミング・サイトではつい数カ月前にBTSが更新した1日の再生回数記録をさらに更新し、英国では1日に320万回再生されたというから、1分に2200回以上聴かれている計算になる。まあ、21世紀に入って世界で最も売れたアルバムの1位と4位が彼女の作品であるだけに盛り上がるのは当然なのだが。念のため確認しておくと、4位は2015年に発表したサード『25』。1位はほかでもなく、現時点で3100万枚が売れている2枚目のアルバム『21』(2011年)だ。

 他方で、2008年に送り出したファースト『19』の売り上げは600万枚程度だから、トップ50にすら入っていない。ならば『19』と『21』の間にはなぜこんなに隔たりがあるのか? 或いは2枚のアルバムはどう違うのか? 個人的にはどちらも好きなのだが、2枚の差はずばり、タイトルに掲げた年齢の差であり、環境の違いであり、端的には成長の跡が後者に反映されているのだろう。14歳の時に曲作りを始めたアデルは、地元ロンドンにあるパフォーマンス・アートの有名校ブリット・スクールを卒業して間もなく、ネット上で公開したデモを介してインディ・レーベルの雄XLと契約。その後すぐに『19』のレコーディングに着手し、ごく少数のプロデューサー(アークティック・モンキーズの作品で知られるジム・アビスが大半の曲を担当)を起用して、あのブルーな色味の美声に必要最低限の伴奏を添えたフォーキーなソウル路線でアルバムを統一。ティーンエイジャーとしての自分を出来る限り手を加えずに記録し、結果的には「Chasing Pavements」という世界的ヒット曲も生まれたし、600万枚は天晴な数字だし、グラミー賞新人賞にも輝いたのだから、申し分ないスタートを切っていたと言っていい。

 そんな『19』でかきたてた期待感に、正面から応えたのが『21』だった。「インディからメジャーへ」と言ってしまうと身も蓋もないが、彼女は『19』の全米リリースに際して、アメリカでは大手コロンビアと契約。XLのディレクションで作られた『19』に対して、『21』はコロンビアも関与して制作されたことに触れないわけにはいかない。英国からはジムに加えてフレイザー・T・スミスとポール・エプワース、アメリカからはリック・ルービン、ライアン・テダー、ダン・ウィルソンというように、多数の人気プロデューサーたちを起用。特に、「Don't You Remember」ほかリックが関わった4曲では敏腕のプレイヤーたちも贅沢に配し、自分の声の魅力を最大限に引き出せるサウンドを見つけたのである。

 ゴスペル調の先行シングル「Rolling In The Deep」が予告していた通り、それは、アメリカのルーツ音楽に根差したオーガニックなサウンドだ。全米ツアーで南部の州を旅した時に聴き始めたというブルースやカントリーやブルーグラスにアデルはインスピレーションを求め、これらの音楽そのものが内包する歴史の重みがアルバムによりいっそうのタイムレスな趣を与えただけでなく、歌い手としての彼女にも、ある種のふくよかな表現力を授けていた。

 逆に変わらなかったのは、ハートブレイクを主要テーマに掲げているという点だが、悶々と逡巡している『19』の、日記から切り取ったかのようにナイーヴな筆致から一転、本作では言葉を濁さず、相手にも自分にも逃げ場を与えないでひとつの恋の終わりをつぶさに考察していた。恋人のケアレスな言葉によって火がついた怒りを激しく燃え上がらせていくオープニング曲「Rolling in the Deep」、相手の裏切りを悟った時の心境を映した「Set Fire to the Rain」、諦められない自分と足早に去っていく相手を対比させる「Take It All」などなど最初の7曲では、完璧に見えた関係が崩れていく過程をドキュメント。そしてこの間にフラストレーションを思い切り吐き出すと、メンフィス・ソウル風の「I'll Be Waiting」に至ってアデルは自分が犯した過ちも冷静に振り返り、そこから学ぼうとするスタンスを見せていく。そんな中で「One And Only」では新しい出会いに高揚したりもしているのだが、本作は単純なハッピーエンドを迎えたりはしない。ラストに待ち受けているのは、別れた恋人が別の女性と婚約したことを知った、アデルの激しい葛藤がさらけ出されている「Someone Like You」。ここにきてようやく、まだ整理できていなかった気持ちに区切りをつけ、この恋を自分の人生を豊かにした体験として受け入れてから、彼女はアルバムに終止符を打っている。このようにダイナミックに弧を描くストーリーラインも本作の高い完成度に寄与し、1枚のアルバムとして50分間にわたってアデルの心の移ろいに寄り添うことに、多くの人が認め価値を見出した理由となったのではないかと思う。

 ちなみに、終盤にはこうした文脈から少々逸脱した曲がひとつ収録されている。ザ・キュアーの1989年発表の名曲「Lovesong」のカヴァーだ。彼女が母に連れられて観た人生初めてのコンサートがザ・キュアーだったといい、レコーディングのためにアメリカで多くの時間を過ごしていた時に、母と故郷への想いを託して歌ったのだとか。〈どんなに遠くにいても常にあなたを愛する〉と。そういえば、『19』には地元のロンドン南部の町に捧げた曲「Hometown Glory」があったし、『25』にもそこでの思い出に耽っている曲「Million Years Ago」が収められていた。成功を手にし、華々しい功績が積み上がっていく中でも毎回自分のルーツに言及して、シングル・マザーに育てられた英国人のワーキング・クラスの女性だということを思い出させるーー。こんなささやかなはからいもまた、筆者にとってはアデルの大きな魅力であり、2021年11月半ばに登場する4枚目のアルバム『30』にもこの手の曲があって欲しいなと期待せずにいられない。
(新谷洋子)


【関連サイト】
『21』収録曲
01. Rolling In The Deep/02. Rumor Has It/03. Turning Tables/04. Don’t You Remember/05. Set Fire To The Rain/06. He Won’t Go/07. Take It All/08. I’ll Be Waiting/09. One And Only/10. Lovesong/11. Someone Like You

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