音楽 POP/ROCK

ザ・ホワイト・ストライプス 『イッキー・サンプ』

2022.05.24
ザ・ホワイト・ストライプス
『イッキー・サンプ』
2007年作品

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 『イッキー・サンプ』(2007年)はホワイト・ストライプスの6枚目のアルバムにして、ラスト・アルバムだ。もちろんそうなるとは知る由もなかったし、本人たちも想定していなかったのだろう。何しろジャック(ヴォーカル/ギター)&メグ・ホワイト(ドラムス/ヴォーカル)が正式に解散を公表したのは、本作の発売から4年近くが経っていた2011年2月のこと。それまでのジャックは、メグがその気になって活動を再開できる日を待ちながら、たくさんのプロジェクトに携わっていた。そう、2008年には007映画『慰めの報酬』の主題歌「Another Way To Die」をアリシア・キーズとのコラボで制作し、課外バンドのザ・ラカンターズのセカンド『Consolers of the Lonely』(2008年)や、もうひとつの課外バンドであるザ・デッド・ウェザーの2枚のアルバムを送り出し、自ら主宰するレーベル=サード・マンのショップをオープンしたりしながら。その後、ふたりのパートナーシップに終止符が打たれたことをはっきりさせてからソロに転向している。

 そんな『イッキー・サンプ』を今聴き直すと皮肉なことに、終わりというよりもむしろ、結成10周年の節目に送り出した新しい始まりのアルバムだったことが分かる。デトロイトにて1997年に誕生、2年後にデビューし、ギターとヴォーカルとドラムス、ストーリーテリングとメロディとリズム、必要最低限の編成と構成要素で成立させたロックンロールで世界に衝撃を与えたふたりは、いわゆるニュー・ロック・レヴォリューションの旗手として脚光を浴びたことは言うまでもないだろう。

 そして、4作目『エレファント』(2003年)に至ってグラミー2冠に輝くと共に、「Seven Nation Army」というシグネチャー・ソングも生まれ、たったふたりで数万人のオーディエンスを相手にプレイするまでに成長。この間一貫してセルフ・プロデュースによるアナログ・レコーディングにこだわりながらも、時折他の楽器を交えて実験していた彼らは、中でも5作目『ゲット・ビハインド・ミー・サタン』(2005年)ではアコギを多用して、マンドリンやマリンバやピアノにも花を持たせたりと、かなりフレキシブルなスタンスをとっていたものだ。それはある意味で、ふたりが志向したレス・イズ・モア主義が限界に達したことを示唆していたのかもしれないし、実際この時期のジャックには、リセットを即すかのように、公私にわたる大きなターニングポイントが訪れていた。例えばザ・ラカンターズをブレンダン・ベンソンたちと結成したのも2005年だし、モデル/ミュージシャンのカレン・エルソンと結婚して相次いでふたりの子供が生まれ、ナッシュヴィルに移り住んで(メグはLAへ)、バンドを育てたデトロイトのガレージ・ロック・シーンと決別する......といった具合に。そして、彼らにとってはキャリア最長の3週間を費やしてレコーディングしたこの6枚目のアルバムは、ホワイト・ストライプスをホワイト・ストライプスたらしめているものを再確認する1枚だったような気がしている。

 というのも本作での彼らは、ギターとヴォーカルとドラムスの3本柱に回帰。と同時にエレクトリック・ギターが主役の座に復帰させ、ジャックが今までになくソロを弾きまくる、ラウドでタガが外れたロックンロール・アルバムを完成させているのだ。オープニングのタイトルトラックではレッド・ツェッペリンばりのモンスター・リフがうねり、「Bone Broke」でオマージュするのはザ・ストゥージズらデトロイト・ガレージの先輩たちか? 「Little Cream Soda」にいたってはほとんどスピードメタルだし、テンポこそスローダウンするものの「I'm Slowly Turning Into You」ではサイケデリックなギター・ソロが曲の半分くらいを占めている。

 タガが外れていると言えば、アルバム中盤の3曲の飛躍っぷりも尋常ではない。まず、パティ・ペイジが1952年にヒットさせた「Conquest」のカヴァーは、表題曲の舞台でもあるメキシコを再訪。錯乱したマリアッチ・ホーンとジャックのギターがきりもみ状態で絡み合う、異形のフラメンコ・チューン。彼がナッシュヴィルのメキシコ料理店で発掘したミュージシャンがトランペットを吹いているというランダムさがいい。他方、「Prickly Thorn But Sweetly Worn」からメグが歌う「St. Andrew(This Battle Is In The Air)」にかけての2曲ではスコットランドに足を延ばし、ジャックのギターはバグパイプと四つに組む。歌詞の中でもスコットランドに想いを馳せているが、彼は父を介してスコットランドの血を引き、デトロイトでもメキシコ系移民の多いエリア(その名もメキシカンタウン)で育っているから、唐突なようで実は、自分にとって縁深いカルチャーへの真摯なオマージュなのである。

 こんな調子で大胆に越境したかと思えば、ホワイト・ストライプスの音楽的ルーツであるブルースにもたっぷり時間を割いている。ずばりタイトルで言及している、「300M.P.H.Torrential Outpoor Blues」や「Catch Hell Blues」がそれだ。前者は〈時速300マイルで激しく迸るブルース〉と謳うだけに、5分半の間にブルースの様々なスタイルを網羅するカタログ的アプローチをとり、後者には珍しくスライド・ギターを配した。またパンク・ブルース仕立ての「Rag And Bone」で、不用品を回収して回るカップルをふたりがコミカルに演じていたのも新鮮で、こういうユーモラスな表現をもっと掘り下げていたら面白い展開になっただろうなと思わずにいられない。

 でも残念ながら、振り出しに戻って、必要最低限の材料で鳴らせる音楽の可能性を改めて教えてくれたところで、彼らのストーリーは終わってしまった。当時のインタヴューで、「僕はむしろ拘束されるほうが多くの自由を感じるし、そのほうが自分の力が最大に発揮されると思う」とか、「この箱の中に入り続けることだって問題ないと思っているし、常に制約を与え続けるのもいいことだと思う」と語っていたジャックは、ソロ・アーティストになってからも色んな制約をこしらえてクリエイティヴィティに転化しているが、ホワイト・ストライプスという赤と白と黒に塗られた箱の特異性は、今も少しも薄れていない。
(新谷洋子)


『イッキー・サンプ』収録曲
1. Icky Thump/2. You Don't Know What Love Is(You Just Do As You're Told)/3. 300 M.P.H. Torrential Outpour Blues/4. Conquest/5. Bone Broke/6. Prickly Thorn But Sweetly Worn/7. St. Andrew(This Battle Is In The Air)/8. Little Cream Soda/9. Rag And Bone/10. I'm Slowly Turnin Into You/11. A Martyr For My Love For You/12. Catch Hell Blues/13. Effect And Cause

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